人生の中で一番大きな地震でした。オフィスにいましたが、とても大きく長い間揺れました。
大きな被害が出たところのことを考えると、書くに堪えませんが、自分の体験を記録しておこうと思います。
自分の近くの蛍光灯が天井から落下しました。
自席付近で落下した蛍光灯自席付近で落下した蛍光灯
書籍が落下書籍が落下
本震後も余震が続き、ビルの中が安全なのか外に出た方がいいのか分かりませんでしたが、周りの社員と近くの学校の校庭に避難しました。
解散してから、電車が止まっていたので、自宅に徒歩で向かいました。
より大きな災害が発生した時、家族のいるところにどれくらいで帰れるか、一度、経路を確認しておきたいとも考えていたので、オフィスに戻ることも選択肢としてありましたが、徒歩で帰宅してみることにしました。
途中、携帯電話での連絡が取れず、メールも遅延しており、家族とコミュニケーションが取れないストレスがありましたが、固定電話同士はつながったので、公衆電話から自宅に電話して状況を確認でき安心しました。結果的に、4時間半で自宅近くの駅の駐輪場に着き、家に帰りつきました。
帰宅途中、赤羽駅の電光掲示板は全線運休帰宅途中、赤羽駅の電光掲示板は全線運休
息子は隣の駅で停車中だったため、下車して一駅歩いて自転車で帰宅、妻は、自宅にいましたが、食器棚のグラス類が破損したくらいで済みました。
その後、母や妹家族の無事が分かり、とりあえずホッとしました。ただ亡父の故郷が三陸のため親戚の安否が心配でした。その後、従兄は、家は津波で流されてしまったようですが避難して無事だったとことが分かりました。しかし、他に安否不明の親戚がおり、無事でいることを願っています。
まだ余震が続いてて不安な状態が続きますが、まずは被災者の救出と安全の確保がなされ、そして復旧、復興に向けて力を合わせることができればと思います。

Posted in 日記

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  • Katoon

    お久しぶりです、前職で一緒だったKatoonです。
    その後お元気ですか?お変わりないですか?

    僕の方は何とか頑張ってますよ!

    こんなになってしまったんですね。。被災されている方のことを思うと、心が痛みます。

    生きているだけでも、ありがたいと思うようになりました。
    海外にいるといっそう、逆に気になって仕方がなくなってしまいます。

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